2010年3月6日土曜日

椅子と机と魔法瓶

職場、より正確には事務所というのはつくづく特別な環境なのだと感じる。

休職期間中に鈍った身体を立て直すため、都心へ出掛けて本を読んだりペンシルパズルを解いたりしている。

一般に図書館が利用されるのだが、この時期図書館は私にとって非常に居心地が悪い。

私は重度、いや極度の花粉症患者だからだ。

マスクをしていても10分も経たずにズルズルベクショイ。

最初こそ同情の余地を持ってくれていた人も、次第に煩わしさを隠さなくなる。

私の自意識過剰?

その面は捨てきれない。

だが、残念ながらこの時期の私の騒がしさは私だけが認識しているのではなく誰もが事実と認めるものであり、自意識以前の問題だ。

さて、図書館から出るとなると、代わってどこで作業を行うかが問題となる。

最低限求めたい条件は次の4つだ。

  • 禁煙
  • 椅子と机がある
  • 長時間(1時間以上)いても身体が冷えない
  • 安価で利用できる

そしてできれば、以下の3つのうちどれか1つでも当てはまれば更に嬉しい。

  • 9時より前から開いている
  • 飲み物を持ち込める
  • 無料で利用できる

しかし、最初に述べた4つの条件でさえ、満たす場所は意外と少ない。

特に問題なのは、身体が冷えない場所となると空調の利いた屋内がベストであるにも関わらず、そうなると禁煙かつ机が必要という条件となかなか両立できないことだ。

そこで冒頭の呟きに戻ることになる。

こんなところ、ありませんか?

2010年3月2日火曜日

お元気ですか?

こんにちは。

みなさん、お元気ですか?

私ですか?

ノーコメントでお願いします。

2010年1月8日金曜日

年頭の挨拶

遅ればせながら、謹んで年頭のご挨拶を申し上げます。

取り立てて書き立てる意義も無いので、一言で済ませよう。

過去に例を見ない正月だった。

2009年12月15日火曜日

能動性は即ち躁?

主体性や積極性のどこまでが正常で、どこからが躁なのだろう。

一人で出掛けたいという発言は、能動性の発現なのか、それとも躁の発現なのか。

農業に携わりたいという思いは、能動性の発現なのか、それとも躁の発現なのか。

今の私に、その答えは出せない。

私はその真っ只中にいる。

何をやっても、それは躁の発現だと見られているのではないか、という思いが付きまとう。

それなら私は、もはや何の自発的意思も示せないのだろうか。

受動的に言われるがまま、生きていくしかないのだろうか。

きっと答えは、例によって例のごとく、両極のどちらでもなくて「適度」に能動的であること、という今更な答えなのだろう。

それは結局、答えにはならない。

「適度」とはどの程度か、ということこそ、まさに私の問いなのだから。

こんなことを考えていること時点で、社会復帰などまだ望むべくもないのかも知れない。

こんな悩み方をして将来のことが決められないでいるようでは、社会人ではいられないだろう。

悩んでいること自体が異常性の証拠、それには一理あると思う。

もっとも、だったら私は悩み続けるべきでないのか、もし悩むべきで無いならどうすべきなのか、という新しい問いが生まれるだけなのだが。

やはり入院しか無いのだろうか。

2009年12月10日木曜日

働くって、何だろう。

おそらく、考えること、あるいは考える時間的余裕があること自体が贅沢だと糾弾されるような、そんな話題。

働くとはどういうことか。

多くの人が、その答えを持たないまま、あるいは「どうせ答えの出ない悩み事だから」と答えを持つ必要性を感じないまま、日々を過ごしていると思う。

実際、考えている暇も無く働かなければならない、という人が大半だろう。

先月くらいまでの自分も、こんなことを真面目に考えたことは無かった。

「答えの出ない悩み」だとは思っていないが、社会人になるまでは実感を持って考えることはできなかったし、なってからはなってからで考えている暇など皆無だったからだ。

もし私がこんな問いを誰かに投げかけても「そんなこと考えていられるなんて贅沢だねえ」と返されてしまうであろうことはよく理解できる。

私だって、働いていた頃に誰かにそう尋ねられたら、同じように答えたに違いないのだから。

しかし、今の私は答えを出さなければならない。

どうも私の主治医は、私が惰性で復職することができるようなタイプではないと踏んでいるようだし、私自身もその通りだと思う。

復職すると、私はどういう環境に身を置くことになるのか。

それは自分にどんな負荷をもたらし、どんな影響を与えるのか。

復職しないとするなら、これからどのように生きていきたいか。

これらの問いに答えることは、突き詰めると「働くとはどういうことか」という問いに答えることに近づいていくように思う。

期限は、1週間だ。

2009年11月28日土曜日

休止

私は、弱音を吐くのが嫌いだ。

正確には、充分な努力をなさないまま弱音を吐くのが嫌いだ。

だから「できない」のか「しない」のかはともかく、努力しているとは言えない今、弱音を吐くことは自分のプライドが許さない。

更に言えば、感想や意見を述べることも。

だからしばらくの間、この日記を更新することは無いだろうと思う。

自分の不調を訴えることは大事なことだ。

それが私に欠けていることも理解できる。

だが、それをブログでやることには賛成できない。

訴えるべきはキーボードでは無く、現実の身の回りの関係者に対してであるべきだと思うからだ。

2009年10月29日木曜日

弱点は集中力

武蔵浦和の埼玉障害者職業センター・リワーク支援室を訪れた。

本日は全体説明。

支援プログラムを実際に始められるかどうかや、どのような内容にするかは各々異なる。

その内容策定だけで1ヶ月はかかる。

まずは来週、そのための相談の時間を頂いた。

申込書を書いていてはたと困った。

症状が無い。

正確には、非常に説明しにくい。

私の目下の問題点は双極性障害の弊害、つまりいったん物事を始めると達成するか疲労が限界に達するまで自分からは中断しないことである。

今までの私が武器としてきたこの集中力が、今の私には最大の弱点なのだ。

これまでの過換気などと違って一見しただけでは「病気」には見えないこの点を、どのように説明するか。

これからの課題が垣間見えたようにも思う。